神戸弁 その1

初記事で何を書くのかと思いきや。

 

神戸弁。その1(たぶん続きます)

 

いわゆる、神戸で使われている方言のことです。「神戸弁」というものが存在すること自体はご存じの方も多いでしょう。

 

そんな「神戸弁」について、きままに語っていこうかと。

 

自己紹介が遅れました。「まなつ」と申します。以後お見知りおきを。

 

・・・

 

いざ「神戸弁」と聞いても、さてどんなものかと答えられる人はまあそう多いわけではないと思います(地元の人は除いて)。

 

神戸弁の有名な言い回しとしては、「~とー」と「こーへん」の二つがよく挙げられるイメージがあります。ということで、今回はこれらについて軽く語ってまいりましょう。

 

①「~とー」

共通語で言うところの「~してる」を、神戸弁では「~しとー」と言う、とよく言われます。「やってる」は「やっとー」、「見てる」は「見とー」、みたいな感じ。

余談ですが、博多でも「~とー」は使われるみたいですね。

さて、この「~とー」は「~とる」が訛ったものです。「しとる」「やっとる」「見とる」が「しとー」「やっとー」「見とー」となっているわけですね。

とはいっても、もとの形の「~とる」が全く使われないか、というとそうでもありません。ここらへんは一般的なイメージと少し違うのではないでしょうか。

実際、ひと昔前は「~とる」の話者が多かったようです。「~とー」も昔からあることにはありましたが、あくまで「『~とる』は『~とー』に訛ることがある」といったイメージで、「~とる」がメジャーな表現だったようです。

ちなみに『兵庫方言集』*1という書籍では、例文が「~とる」の方で表現されています。この『兵庫方言集』は当時の兵庫*2の古老4名*3の監修のもとに書かれていますから、かなり古い時代の神戸弁を収録したものと思われます。

 

②「こーへん」

最近よくある(?)「関西弁比較!」みたいなやつで、「大阪は『けーへん』、京都は『きーひん』、神戸は『こーへん』」というのを目にしたことがあります。共通語でいうところの「来ない」をそれぞれの関西弁で言ったらどうなるか、というやつです。

さて、この「神戸は『こーへん』」というお話。結論から言うと、「こーへん」は一種の若者言葉で(※)、伝統的な神戸弁とは言えません。「こーへん」という若者言葉が神戸のあたりから広まりだした、という話は聞きますが(この話の真偽はさておき)、とはいえ、これを「神戸弁」というのには少し違和感を覚えます。

ならば、もともと神戸では「来ない」をどう表現していたのかというと、

・こやへん

・きやへん

・けーへん

と表現していたといいます*4。ちなみに、私は「けーへん」使用者です。

なお、先ほど紹介した『兵庫方言集』では「きやへん」が例に挙げられています。

ただし、現代の神戸で「こーへん」の使用率が高いのもまた事実です。それに加え、神戸のことばは、大阪や京都、播州、淡路などの他地域の方言が取り込まれて形成されてきた、という側面も持ちます*5。そう考えると、「こーへん」もある種、神戸弁の発展形とみてもよいのかもしれません。

余談。某フリー百科事典では「神戸弁で、来ないは基本的に『コン(来ん)』と表現する」的なことが書かれています。「基本的に」というのはちょっと疑問ですが(基本的には上述の「~へん」が使われます)、「コン」は「来ぬ(こぬ)」に由来する古い表現ですから間違いとは言えません。しかしながら、使いどころは限定的でしょう。

 

※「こーへん」は若者言葉、とは書きましたが、兵庫県宍粟市の引原あたりでは、もともと「こーへん」あるいは「こえへん」という言い方をするようです*6。神戸あたりから広まりだしたと言われているほうの「こーへん」は、共通語「来ない」と関西弁の否定辞「へん」を組み合せてできたものとされており*7、引原の「こーへん」とは無関係に発生したものと考えられます。

 

今回はここまで。

 

*1:中谷保二 (1952)『兵庫方言集』洛北書房.

*2:この「兵庫」は「兵庫県」ではなく「神戸市兵庫区」の意。

*3:岡部又藏氏(74歳)、根津直次郎氏(78歳)、神田兵右衛門氏(76歳)、尾上たつ氏(85歳)の4名。年齢は1952年当時のもの。

*4:鎌田良二 (1963)「概括」, 阪口保編『方言 : ところどころ ことば・兵庫県』のじぎく文庫, p.190.

*5:中谷保二, 前掲書.

*6:鎌田良二, 前掲論文.

*7:南雅彦 (2013)「地域方言における変異形の併存状況 : 同化や混交形に見られる単純化の方向」『総合政策研究』44号, p.56.